小児在宅医療・医療的ケア児に携わる方の経験を多くの方々に広げるために、ご専門の方のインタビュー記事の掲載を開始いたしました。第2回のインタビューは、医療法人稲生会理事長の土畠智幸先生です。土畠先生の小児在宅医療へのお取り組み、考え方、災害対策等について伺いました。小児在宅医療の担い手不足は大きな課題ですが、医療的ケア児の教育や就労について、改善すべき点があると改めて思いました。また、障害児医療に対して明るいイメージを持つことが大事だと感じたインタビューでした。
生涯医療クリニックさっぽろ 院長
土畠 智幸先生
2003年に北海道大学医学部をご卒業、手稲渓仁会病院小児科にご入職、2013年より医療法人稲生会理事長・生涯医療クリニックさっぽろ院長として、人工呼吸器などの医療的ケアが必要な子どもを支えております。小児在宅医療での災害対策、後継者の育成、医療的ケア児の写真展開催など、幅広くご活躍されております。
■広範囲をカバーする、生涯医療クリニックさっぽろの提供する在宅医療
三谷:本日はよろしくお願い致します。まずは先生の診療のご様子について教えてください。
土畠:よろしくお願いします。現在私たちが診ている患者さんのほとんどが在宅医療の方で、人工呼吸器を付けている方が最も多いですね。もともと小児科にかかっていた患者さんもやがて大人になりますので年齢に関係なく診察していて、中には70代の患者さんもいます。小児および若年者の在宅医療とは言っていますが、年齢で区切った事はないです。ただしご高齢の方はALSなどの疾患で人工呼吸管理が必要な方に限っています。
呼吸器を付けていない方は例えば染色体異常の患者さんや、最近はおうちで最期を過ごしたいと希望する小児の末期がん患者さんも増えてきている印象です。
三谷:ありがとうございます。今回はその中でも特に小児の患者さんに関するご経験についてお聞きします。現在診療されているお子さんは何人くらいいらっしゃるのですか?
土畠:いまは患者さんがおよそ220名で、そのうち20歳未満の方は140人くらいですね。人工呼吸器の必要なお子さんは120人くらいです。
三谷:かなり多い印象を受けました。
土畠:あおぞら診療所(https://harutaka-aozora.jp/?page_id=1083)の前田先生は700人くらい診ていらっしゃるはずです。東京と北海道では単純な比較が難しいですが、小児の在宅医療に特化した診療所としてはあおぞら診療所の次くらいに患者さんが多い規模だと思います。
三谷:それほど多くの患者さんとなると、土畠先生の診療所は北海道の遠方まで診られているのですか?
土畠:私たちは札幌市とその隣接する市町村を診療しており、人口規模でいうと大体250万人くらいに相当します。これは北海道全体の人口のおよそ半分くらいです。残りの地域については年に1~2回、地域の先生方のお手伝いをしています。それも含めると北海道全域で私たちが関わっている患者さんは多いです。
三谷:北海道の中でも本当に多くの方に関わっていらっしゃるのですね。さて、もう少し診療について詳しくお聞きしたいのですが、医療的ケア児とそうでない小児科の患者さんでは診察の違いや診察時に気を付けていることはありますか?
土畠:私は元々10年くらい小児科病棟で勤務していました。そのうち前半は医療的ケアが必要ではないお子さんの診療をしており、後半から医療的ケア児の診療に関わる機会が多くなりました。必要な治療はもちろん違いますが、お子さんへの関わり方という意味ではあまり違いはありません。
三谷:医療的ケア児の患者さん1人あたりの診療時間はどのくらいですか?
土畠:だいたい30分くらいです。気管カニューレや胃ろうの交換が必要な場合は60分程度かかることもありますね。患者さんの所への移動におよそ30分かかるので、平均すると1時間に1人の患者さんを診察しています。診療圏内で最も遠い場所では片道50km移動する場合もあります。
三谷:それは非常に遠いですね。そうしますと、1日あたりでは何人くらい診察できますか?
土畠:少ないと4件くらい、多い日には8件診察する日もあります。高齢者の訪問診療は15~20件くらい周る診療所も多いと思いますが、小児の在宅医療は処置や移動に時間がかかるのが課題です。
■小児在宅医療に係る2つの大きな課題
三谷:では続けて、医療的ケア児や小児在宅医療を取り巻く課題について詳しくお聞きしていきます。少し漠然とした質問なのですが、先生が感じている課題や問題点はありますか?
土畠:担い手の少なさですね。特に小児科医で在宅医療に取り組んでいる方が少ないのが課題だと感じています。私が小児科出身なこともあり、他の小児科医にももっと関わりを持って欲しいと思います。
三谷:在宅医療に関わる小児科医が少ないのにはどのような理由が考えられますか?
土畠:2つの理由があると思います。
1つ目は在宅医療に乗り出すハードルの高さですね。成人の在宅医療を提供する医師が小児の在宅患者を診察する際には患者さんの年齢がハードルとなります。一方で、小児科医はもともと病院の中で働く方が多いので、医療機関を飛び出て診療すること自体がハードルです。この2つのハードルを比較すると2つ目のハードルの方が高いですよね。また、すでに在宅医療に乗り出している成人向けの在宅医がいるので、わざわざ自分がやらなくてもいいと思っている小児科医もいると思います。
2つ目は小児在宅医療という学問領域が確立していないからです。小児科医の多くは大学でトレーニングを積むので、大学で学ぶ学問がベースとなります。小児科の在宅医療はまだ学問として確立されていないので、大学で学ぶ主流の学問ではありません。そのため学ぶ機会が少なく、小児科医の選択肢としてはまだまだ確立されていないですね。
三谷:ありがとうございます。特に後者は教育の視点からの課題ですね。私はNICUや新生児科ご出身の小児在宅の先生が多いイメージを持っています。小児科の方はあまり医療的ケア児や障害を持つお子さんと接する機会があまり多くないと感じるのですが、例えば大学のカリキュラムの中でケア児の診療に、あるいは研修の中で小児の在宅医療に関わる機会があれば、在宅医療の領域が小児科医の選択肢に入って来るのではないでしょうか。
土畠:おっしゃる通りだと思います。現状では医学生の実習先や研修医の研修先に選ばれる機会が少ないので、在宅医療に触れる機会がないのは今後の課題ですね。
三谷:多くの方がこの課題について述べているのを耳にします。医師だけでなく薬剤師や看護師、あるいは保育園や小学校などの教育機関を含めて、学びたい方の受け入れ先が必要ですね。
土畠:私は、医療者もそうでない方も見学の希望は全て受け入れています。患者さんと親御さんには見学の必要性をお伝えしていますので、お断りされることはほぼありません。過去には新聞記者や中高生、医学生や医療者など様々な方が見学に来ました。
三谷:ぜひ私も一度伺ってみたいです。
土畠:コロナが収まったらぜひ来てください。
■小児の在宅医療における診療点数の問題
三谷:楽しみにしています。次は教育面でなく制度面の課題について教えてください。特に診療点数の取り方や収益の点も改善すべき課題かなと思っています。制度面や診療報酬における課題はありますか?
土畠:診療報酬についてはここ10年くらいでかなり改善されてきましたので私自身は大きな不満はありません。しかし小児在宅医療は広範囲をカバーしなければならず、どうしても診療件数が少なくなってしまいます。高齢者の在宅医療と比較すると経営的な大変さがあります。
診療報酬制度の中で一番改善して欲しいのは、複数のケアを行っても管理料が1種類しか取れないことです。複数の医療的ケアが必要な患者さんが増えるほど経営的に損です。ケアには多くの物品も必要ですし、改善してほしいですね。
先程お話しましたが、この診療所で担当する多くの患者さんが呼吸器を付けています。酸素吸入のみ、胃ろうのみなど、呼吸器以外だけのケアを行う患者さんは基本的にはお断りしています。重度の患者さんのみに絞って診療しているので経営としては大変です。そうした取り組みがもう少し評価されると他の方も参入しやすくなると思います。
三谷:まさにその通りですね。必要な患者さんに対して必要な診療点数がつくべきだと思います。診療点数制度が障壁となり、ケアの必要なお子さんを診る人が居なくなってしまったら、その子たちは誰がケアするのかが問題となりますし、非常に重要な点だなと感じています。
■民間企業に求める就労支援
三谷:診療報酬は国として取り組むべき課題かと思いますが、地方自治体や民間企業に求めるサポートがあれば教えてください。
土畠:北海道も札幌市もある程度しっかりやってくれていますのであまり大きな不満はありません。現在国会で審議されている「医療的ケア児支援法案」が通れば、努力義務から責務になりますので、行政の方々には法律に従って政策を進めて頂きたいです。私はこの領域に関わってもう17年くらいになりますが、2016年の児童福祉法改正以後は劇的に変わっているのを感じます。
それまでは「医療的ケア児」という言葉もなかったですし、この領域に光が当たることを想像もできなかったので国会議員や行政の皆様の努力があったのだろうなと思います。
三谷:そうなんですね。
土畠: 民間企業に1番お願いしたいのは、医療的ケア児が医療的ケア者になっていく過程での高等教育や就労の支援です。患者さんの中には能力がものすごく高い方々もいらっしゃり、その方々の能力が社会に還元されないのは非常にもったいないです。
三谷:それは私も感じています。近年はITを活用すればどこにいても仕事ができるようになりつつありますし、身体が動かなくても目が動けば文字が打てます。外出困難な患者さんがロボットを遠隔操作してカフェ店員になったニュースもありましたね(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000037.000019066.html)。
土畠:高校を卒業した後の学びの場を作る目的で私たちは文部科学省と共同で「みらいつくり研究所(https://futurecreating.net/)」を立ち上げました。現在、障害のある方でライターとして活動してくれる方もおり、活動報告の記事をホームページに上げてもらっています。そのような場を民間企業と一緒に増やしていけたらと思います。
三谷:就労についてもう少し詳しく教えてください。先生が診療される患者さんの中にも、就労できずに困っている方は多いですか?
土畠:疾患や障害の有無に関わらず、高卒者の就労先って少ないですよね。障害を持つ患者さんは高等教育を受けられる機会が少ないので、その後の進路が少ないです。重度の障害のあるお子さんにとっては、教育を受けることがそもそも選択肢に上がっていないと感じます。そのような患者さんやご家族に対して就労の可能性を示せる社会にしないといけないと思っています。
三谷:障害は、たまたまその子が持っているだけで他の子たちと変わりはないと思います。ですから、障害の有無に関わらず平等に教育や就労の機会があるべきです。最近はAIやITも発達していますので、そうした領域を活用して民間企業も就労支援に取り組んでほしいと思います。
土畠:学びの場をつくる研究事業を始めるにあたり、高校を卒業するくらいの年齢の方にお声かけしたところ「何か資格は得られるのですか?」「仕事は貰えるのですか?」といったお返事がありました。障害にかかわらず19歳くらいの方はみんなそうかもしれませんが、何となく大学や専門学校に進学する方が多いですよね。障害のある方だって何となくキャンパスライフを楽しみたいから進学したっていいと思います。
■新型コロナウイルスが在宅医療の現場に与えた変化
三谷:ありがとうございます。では少しテーマを変えて、まだ流行している新型コロナウイルスについてお聞きします。小児の在宅医療の現場においてコロナの影響を受けて変わったことはありますか?
土畠:診療回数を減らすこともしていませんし、診療の内容はほとんど変わっていません。むしろ感染リスクを減らすために在宅医療の必要性は以前よりも高まっていると思います。変わった点として感染防御はもちろん、ご家族やきょうだいの発熱にも配慮する必要が増えました。
私たちはスタッフ同士で感染拡大させないように、在宅ワークを基本にしました。以前は75人程のスタッフのうち60人くらいは職場に出勤していましたが、現在では2割程度しか出社していません。打ち合わせなどはオンラインに切り替え、診療は直行直帰を基本にしました。
三谷:私の勝手なイメージなのですが、クリニックでの診療や在宅医療は直行直帰のスタイルが難しいと思っていました。先生のところ以外でも進んでいるのでしょうか。
土畠:全国的にどうかは分かりませんが、知り合いの先生はそのようなスタイルを徹底していますね。特に私たちの診療所は入院患者さんがいないので切り替えがうまくできました。診療も、IT機器を活用すれば毎日出勤をしなく十分に出来ることがこの1年でわかってきました。
三谷:今後はワクチンも普及してきて、少しずつ以前の生活に戻っていくことが考えられます。その後も現在のスタイルを続けていく予定ですか?
土畠:私としては未来永劫このシステムがいいですね(笑)。大きなメリットがあることがわかりましたので。みんなで集まる機会もたまに欲しいですが、仕事としてはもう戻さないと思います。
三谷:いいですね。他の企業にも見習って欲しいです。
土畠:いわゆるエッセンシャルワーカーと呼ばれる私たちでも切り替えが出来たので、他の企業でもできると信じています。
■震災から学んだ、在宅医療における災害時に必要な支援
三谷:続いては災害時のことについてお伺いします。北海道では2018年に大きな地震が発生しました。先生は人工呼吸器の患者さんを多く診られていることもあり非常にご尽力されたことと思います。地震などの災害による小児の在宅医療への影響について教えてください。
土畠:呼吸器だけでなく吸引機などもそうですが、多くの患者さんが電気に依存しています。2018年の災害で発生したブラックアウトの経験から、非常用電源確保の重要性を学びました。これまでは病院に非常用電源を集めていましたが、在宅医療を受ける患者さんを一箇所に集めるのは無理ですよね。今後は分散型の非常用電源配置システムが必要です。札幌市では徐々に準備が進んでおり、行政の補助によって全ての患者さんの家に非常用電源が設置できました。私たちのクリニックにも厚生労働省の補助によって非常用電源を設置しました。いまブラックアウトが起こっても、前回のように大きく困ることはないと思います。
医療的ケア児に関わらずですが、家が壊れてしまったらどこかに避難しなければいけません。医療的ケア児であろうとそうでなかろうと一次避難所で適切な支援が受けられる体制が必要です。医療的ケア児だから特別に必要と感じるのは電気くらいですね。
三谷:札幌市は既に避難所に非常用電源が設置されているという理解でよろしいですか?
土畠:震災当時はありませんでしたが今はほとんどの施設で用意されていると思います。当時の経験から学んだことは多いです。
避難時にご家族だけでは難しい場合もあり、近隣の方の協力が不可欠です。実は震災当時も近隣の方が助けてくれたケースがありました。例えば停電時などに、あの子が人工呼吸器を付けているから電気が必要だなって覚えていてもらえたら協力してくれるかもしれません。災害時に関わらずそのような繋がりは大切ですね。
三谷:そうですね。
土畠:私は「こんな夜更けにバナナかよ(https://www.shochiku.co.jp/cinema/lineup/banana/)」の映画制作にも関わっており、映画を通じて呼吸器を付けている方の生活について届けられました。エンターテインメントと関連付けて多くの方に患者さんのことを知ってもらうのは良い方法だと思います。
■より多くの方に知ってもらうための情報提供活動について
三谷:一般の方々にも情報を広める方法は私自身いつも悩んでいます。一般の方や学生にも情報を届けていきたいと考え出身大学に連絡したり、一般企業のお問い合わせ窓口に連絡したりしました。土畠先生は一般の方へ情報を届けるために何か取り組んでいることはありますか?
土畠:スタッフの中に動画カメラマンがいて、我々の仕事の内容をYouTubeに上げてくれています。また2017年に「ぼくのおとうとは機械の鼻(https://kyo-shoku.net/column/book-review/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%AF%E6%A9%9F%E6%A2%B0%E3%81%AE%E9%BC%BB/)」という絵本を作り絵本ムービーにもなりました。ムービーは2万4000回くらい再生されています。全く興味のない方々にリーチするためにはそうした別の切り口が必要なのかなと思います。
三谷:それはすごいです!
土畠:写真展もやりました。札幌市の大通りと札幌駅を繋ぐ地下歩行空間に全国の医療的ケア児の写真を大きな垂れ幕にして飾りました。2日間で2000人くらいの方が足を止めてくださいました。一般の方にも目にして頂くことが非常に意味のある事だと思います。将来的には医療的ケア児写真展として北海道内外で巡回したいです。
小学校で講演も行いました。未來を変えるために大人よりも子供に伝える方が重要です。最近は医療的ケア児が特別支援学校ではなく一般の学校に通う体制も整って来ました。同じクラスに医療的ケア児がいれば、医療的ケア児が特別とは思わなくなるでしょうね。
■土畠先生の意外なモチベーションについて
三谷:私にとっても参考になるお話です。私も子ども達にアプローチしていきたいです。最後に診療の話題から少し離れて、先生ご自身についてお聞きします。医療的ケア児のご支援に携わる先生のやりがいは何ですか?
土畠:医療的ケア児診療のやりがいは、単純に「楽しい」ですね。例えば同じ社会の出来事を眺めるとしても、私と障害や困難を抱えている方では異なる視点から眺めています。その解決の仕方を見られるのがやりがいです。実はもともとやりたくてはじめた領域ではありません。
三谷:え、そうなんですか?
土畠:たまたまそのような課題を持った患者さんに会う機会があったことがきっかけです。周囲で取り組んでいる方がいなかったので始めました。実は今は診療を若い先生にお任せをしていて、私は医療従事者への教育など次世代に繋ぐ方向に取り組んでいます。
最近みらいつくり大学で障害のある患者さんと共に学んでいるのですが、それがすごく楽しいです。支えてあげる感覚はほとんどなく、単純に面白いので一緒に学んでいます。
三谷:そのような感覚はすごく大事だと思います。障害の有無で区別するのではなく、単純に面白いという感覚で診療や教育に携わっていらっしゃるのは素晴らしい事だと思います。
土畠:もともと障害児医療には暗いイメージがあるためか、見学に来た学生の多くは「楽しかったです」「みなさん明るいですね」と感想を持たれます。私も、この仕事をしていると「ものすごい熱意で活動されているのですね」と言われるのですが、熱意がないと出来ない仕事だと思われているのでしょう。
三谷:非常に印象的なお話しでした。小児在宅医療だから特別扱いするのではなく、広く一般の医療の中の1つのジャンルとして面白いな、楽しいな、といった感覚で接していらっしゃる先生のお考えが新鮮でした。本日は本当にありがとうございました。